2020年1月24日金曜日

夢幻の世界を彷徨うひととき

ある日どこからともなく流れてきた
『Wuthering heights(嵐が丘)』の一節
『Heathcliff, it's me Cathy(ヒースクリフ、私よキャシーよ』に
 思わず誰の歌?と振り返るほど
驚いたのがKate Bushの歌声だった
それは私が勝手に思い描いていた
19世紀のEmily Bronte(エミリ・ブロンテ)の小説
『嵐が丘』のイメージそのままだったからだ
ヒースの荒野を永久に彷徨うCatherine(キャサリン)の魂と
Heathcilff(ヒースクリフ)の想いを見事に歌い上げ
モダン・バレエのユニークな振付でしなやかに踊る
ケイトの姿はまるで巫女やシャーマンのようだ


             
それからの長い道のり、
彼女の歌声を聴き続けてきた

彼女の愛らしい歌声は
圧倒的な美しさと狂気の間を
始終行ったり来たりするような究極の妖しさが垣間見られ
この曲を聴くときには『彼女の世界に入る』覚悟のようなものが
必要な感じがしていた。
まるで聴く側にも入室許可が必要な雰囲気があった
『Cloudbusting(クラウドバスティング)』も
そうした独特の雰囲気がある
今でもひとり、雨音を聴きながら寝返りを打つ時に
心に去来する音楽のひとつである



味のある俳優Donald Sutherland(ドナルド・サザーランド)は
アガサ・クリスティ原作の英国映画
Ordeal by Innocence(ドーバー海峡殺人事件)を何度か鑑賞して
(その頃、ホームズとか、クリスティとか
ミステリーにはまっていたため)
このPVはその当時の雰囲気がしてとても嬉しい
PVはCloudbuster(雲粉砕機?)を開発し
自然を操れるようになった
父親が政府役人?秘密捜査官?に逮捕され
代わりに娘(もしかして息子??)
が父親の開発した機械を使い
雨を降らせるというもの
以前この機械を作った人が
結構時間をかけて作ったんだよ
というようなことを言っていた
(いやはや全く、全て手作りとは
実にイングランドらしい職人気質)
登場するケイトはショートヘアで
父親の開発したものを目を丸くし
猫のようにじっと眺めていたり
急斜面を慌てて走り転がり続け
走りつづけたりと
体当たりの演技で
実に愛らしい
そして父親役のドナルドも
手を抜かない繊細な演技をしている
芸達者な2人が微笑ましい親子を演じる様子と
郷愁を誘うようなイングランドの
緑の丘陵地帯の映像は
(ケイトの出演した殆どの作品がそうであるように)
ミニシネマと読んでも良いほどの芸術を感じさせる

でもケイトの書いた歌詞は
本当はもっと深い
父親への複雑な想いを吐露する女性の歌
世間から理解されない苦しみ
親子に渡るアイデンティティの問題
受け継がれている想いを歌っているようだ

10代の頃の彼女のインタビューで、
彼女は心理学者になりたかったと言っている
人の心に興味があったのだろう
深い洞察力。
それが歌に深遠な意味を持たせることになる

10代の頃はちょっと
彼女の世界に入れこみすぎ
アルバム『Hounds of Love(愛のかたち)』を
繰り返し何度も聴いていた。
自分の殻に閉じこもり
不機嫌に見えることも多かった
親にも
同年代の友人たちにも
バイト先の同僚にも
一切理解されなかったように思う
小学生の頃から仲良しだった子ですら
シュールな音楽をもくもくと
かけつづける私をまるで
どこか別の世界に行ってしまった
知らない人間を見るように
遠い目をして
『で・・・この曲が好きなの?』
なんて返事にこまっていた
しばらく音信不通になった友人たちと
自分から連絡を取ろうとせず
ここではないどこかへ行く計画に
夢中になっていった

許可なくして入れなかった
ケイトの秘密の部屋は
鍵が壊れ今やいつでも入れるような状態になっていた

「いつでもいらっしゃって、いいのよ。」

そしてそれはとてもまずい兆候では、あった

夜眠れないのに
その頃の私は
昼間は眠くて仕方がなかった

完璧な夢を求め彷徨う世界
ヴィム・ヴェンダースの映画
Bis ans Ende der Welt (夢の果てまでも)』の
夢追い人と化した人々のように



共演しているダンサーはGow Hunterという人で
1960年生まれなのに残念なことに2011年に亡くなられている
2008年に『Inkheart(インクハート/魔法の声)』
という映画に出演されているらしい

政府から追われている
(PVはやたら何かに追われている状況が多い)
男と共に逃げる彼女
必死に森の中逃げた先に入り込んだ家屋は
なぜか能天気にパーティ中
浮かれた人々に紛れ
後からやってきた 追っ手を
ダンスでかわしながら
さらに逃げていく



人々が集まって外を覗くシーン
表情を固くした俳優たちの古き良き雰囲気
追い詰められたふたりが見せる華麗なトリル
ヒッチコックを意識した映像に雰囲気がぴったりだ
日本で言えば大正浪漫のような懐古趣味的な美しさと
重厚で上品な雰囲気があり
このPVがケイトの曲の中で一番好きかもしれない

潔癖だった思春期を通り越して
今思うことと言えば
あの頃の悩みは贅沢なものだったが
考えすぎたために深刻だった
いろいろなことがある人生のなかで
輝いてみえるのが芸術であり音楽なのかなと思う

最近、実は少しずつ彼女のアルバムを集め直している。
なんだか、Peter Gabrielの『So』の買戻しみたいな現象である。
年月が経ち、彼女の歌声が唯一無二であるという
印象が強くなり
ふたたび、彼女の世界を探求したくなった
今こそ彼女の音楽が必要
それでいきなり購入したのが
例の『Hounds of Love』と『Dreaming』

彼女自身、『Dreaming』の録音後
レコーディングにのめりこみすぎて
ちょっと妖しくなっちゃったのよね
と意味深に語っている
心が壊れたという噂まであった
やや危険な香りのするアルバムであるらしい
でも今聴くと
とても懐かしい
綺麗に装丁された
古い希少本をふたたび
開くときのときめき
そんな特別な気分になる音がつまっている



この曲を聴いていた時
当時やたらと現実に腹が立っていた
学校にも何処にも理解者がいない
彼氏は時間どおりに現れない
夢を実現したいのにお金がない
眠れない
そんな感じの時
彼女のブッチ切れたような雄たけびに近い歌声は
心の励みに一役も二役もかった
アブナイ、危険な妄想でフラフラしていた
10代の心の住処

でも実は
彼女だって
一杯いっぱいだったのかもしれない
絶叫しながらも
彼女の芸術性はギリギリのところで持ちこたえていた

ともあれ、私にとっては
完全に自立したちょっと年上のお姉さま
そしてどこか、崇高でミステリアスな存在
なのである

そんな感じのKate Bushが
Peter Gabrielと抱き合って歌うPV
『Don't give up』に
メディアは二人の関係を探りたがった



『Sledgehammer(スレッジハンマー)』以降のPeterは
『Lady's man(女たらし)』と囁かれ
ミュージシャンや女優と浮名を流していた
まだ髪のあるPeter
『In your eyes(イン・ユア・アイズ)』で
ちょっとGregory Peck(グレゴリー・ペック)似の彼が
オープン・カーに乗って歌う姿に
女性ファンが激増したあのころ




ケイトとピーターはどんな関係?
そんな疑問にケイトは
(おそらく貴婦人を思わせるような微笑みと共に)
『私たちはお互いにしか分からない言葉で会話をするの』
と答えたらしい
(まったく、君たちは銀河系の宇宙人か)

色々な憶測が立つほど、このPVでのふたりは
美男・美女であるばかりでなく
存在自体が稀有で
眩しすぎた
うな垂れるPeterに
『諦めないで 貴方には友達がいるじゃない』
と囁くように歌うケイト

今見ても本当に素敵だ。

よく考えたら、この頃まだ彼女は20代後半
誰から見てもとても魅力的
でも
このふたりは結局
ここから何か発展することもなく
Peterは『Us』を
Kateは『Sensual World』を発表する



Peterは私生活入り乱れていたために
それどころじゃなかったせいなのか
ふたりが付き合わなくて
(というか、通常の人の理解を超えたつきあいで)
よかったと思う

その後出したそれぞれのアルバムを聴きながら
リスナーは永遠に夢を見ていられる

先述のデュエット曲、
『Don't give up』は結果的に人々の心の支えになり
今でも動画再生や感謝のコメントが止まらないようだ。
Peter自身、この曲には不思議な力があるとコメントしている。

今の、先の見えない世の中にこそこうした曲に
励まされる人が多いのだろう。

実は別の歌手にデュエット依頼して断られ
結果Kateに話が回ってきたらしい。
最初の相手それはなんとドリー・パートンだったとか。
(なんで最初からケイトに頼まないんだよ!)

年下の筈なのに、10代の頃から自立してて
年齢よりずっと大人びて見えた彼女。
私生活が 不安定だった彼を励ますような
そんな彼女だったからこそ
この頃、ひときわ輝いてみえたのかもしれない。


嬉しそうに賞の受賞者を読む彼女が
彼の後ろで見守るように微笑んでいるのが印象的だった。   
     
実は彼らは以前からの知り合いで
1979年には一緒に企画ライブしていた。
このライブは一つ一つ丁寧に作られたもので、
彼らは別れゆくカップルを
歌いながら演じている。この頃まだ彼女は21歳。
この疲れたアンニュイな
感じはどこから来るのだろう。



                              
『Red Shoes』の中の一曲
『Rubberband girl』
どうでも良いことだけれど
彼女の来ているブルーグレイのシャツは
レオタードなんだろうか、シャツなんだろうか
漆黒のカーディガンもさりげなくてとても素敵だ


         
歌も、ピアノも、ダンスも、演技も          
何をやっても、 本当に上手くて、人を深いレベルで感動させる。
David Bowieと同じリンゼイ・ケンプ・カンパニーにいて
同じように音楽の世界で強い影響力を放っていった。


           
私は今夜も彼女の世界の扉をそっと開ける
彼女が魅了する世界を純粋に楽しむために
そして非日常と日常のはざまに身を置いて
混乱する世界のなかで
自分を見失わないようにするために

一番好きな曲:少年の瞳を持つ男
翻訳タイトルもシンプルでいい。


           
追記:2012年頃、Kateが久しぶりにライブをしたようだが、
その時彼女の姿は全く別人になっていた。
その様子を見て、がっかりした人も少なくなかったようだが、
私は『何か問題を抱えているのか?』と色々と案じてしまった。
と同時に、彼女も(あたりまえだが)人間なんだなと
妙な親近感すら沸いた。
私も体脂肪に問題を抱えていたからだ。
そして最近、2018年ごろのライブでは
とても愛らしい彼女の姿を拝見することができた。
私はとても安心して床についた。
やはり彼女には美しく可愛らしくあってほしい。
観客にとってのミューズ(詩神)であってほしいからだ。


                                              

                                               




         
















0 件のコメント:

Madonna - Beautiful Stranger (Official Video) [HD] 90年代後半からのマドンナ

Madonnaって80年代、90年代、と年代ごとに全然違う顔をしている。 ごく初期の物も好きだけど、90年代以降の彼女のアルバムは 今聴いても凄く面白い。 William Orbitのプロデュースの頃の『Ray of light』『Music』は 本当に何度も聴いたことか。 その...